心象風景の擾乱

認識の最初の兆候は死への願望である。

エッセンシャルワーカーの神話が労働者を不眠にする

 2021/06/17

 木曜日、晴れ時々雨。労働、朝から。

 エッセンシャルワーカーの朝は早い。エッセンシャルワーカーの神話は労働者を叩き起こす。髭を剃り、眉毛を整え、鼻の穴の中にカッターを入れる。こういうことを、休みの日にはなかなかする気になれない。気力もないし、強い必要性を感じない。と、この感覚こそ、私が奴隷であることの証左なのだろう。私は本当に私の意志で何かをしているだろうか。いつも、ただ、駆り立てられている。駅のシャッターが開くより早く駅に着く。電車の中で寝る。何を飲んだか思い出せない。気持ち悪い。労働強度はやはりとてつもなく高かった。作業中、先輩が上の人間にシリアスに怒られていて、面白かった。別に怒られているのが面白かったのではく、怒っている人間を見るのが面白かった。こんなことでシリアスになるなんて、どうかしている。飢餓、戦争、差別、貧困。もっとシリアスになるべきがいくらでもあるのだが、こういうところで怒りを消費して、正気を保つのが社会人というものなのだろう。ようやく一段落してから携帯電話を確認すると、母から寝ている犬の写真が送られてきていた。腹を上にして寝ている写真。なかなか腹を見せる犬ではなかったので、良かった。本屋で『スマホ脳』を買う。喫茶店に入る。

 追記。彼が激怒した理由だが、恐らく、プライドの問題と思われる。職階からしてやる理由のない、何の技能も身につかない業務をやらされていたところに、階層というものを勘違いした先輩にコミュニケーションを試みられて怒ってしまったのだろう。